著者:萩原 賢明(株式会社TimeSkip 代表)
受託事業を営む会社でBtoB SaaS事業を立ち上げ、事業部長・取締役として約5年で累計約500社に導入。2020年に同事業のM&Aを経て、TimeSkipを設立。現在はBtoB企業の新規事業の立ち上げ・グロースを伴走支援している。
新規事業の立ち上げで一番大事なのは、推進するトップが「この事業は必ず成功する」と信じていることです。
私は受託事業を営む会社で、債権管理・入金消込のSaaSを立ち上げました。事業部長・取締役として約5年、累計約500社に導入されました。
この記事では、その5年間でうまくいったこと、失敗したこと、もう一度やるなら変えることを、新規事業の責任者の方に向けてまとめます。解約率を年3%以下にした解約分析のやり方、オンボーディングの型の中身、広告投資の判断基準まで、具体的に書いています。
結論:推進するトップが「必ず成功する」と信じているか
新規事業の立ち上げで一番大事なことを一つだけ挙げるなら、推進するトップが、その事業は本当の意味で必ず成功すると信じているかどうかです。
私の場合、そのトップは事業部長である私自身でした。そして、社長が私を信じて任せてくれたことも大きかったと思います。
今、TimeSkipで新規事業を支援していても、同じことを感じます。うまくいかないと感じるのは、外部の私たちに「いけますか?」と何度も確認してくる責任者です。
不安を個別に相談するのは構いません。しかし、メンバーがいる場で不安を口にすると、チームはその事業を信じられなくなります。
なぜ受託会社がSaaSに挑戦したのか
受託事業は、売上が安定しません。その結果、次のようなことが起きます。
- 残業が当たり前になる
- 無理な案件でも受注せざるを得ない
- 本来3人月かかる仕事を、0.5人月で納めにいく
厄介なのは、それが会社として「合理的な判断」になってしまうことです。
発注する側にも難しさがあります。受託は、まだ納品物を見ていない状態で「この人なら任せられる」と判断して発注するもの。お客様にとっても、怖い買い物です。
一方、サブスクリプションは「数量×単価」で考えると、単価は下がるものの、数量が積み上がることで事業が安定し、利益率も上がっていきます。先行していたSaaS企業の事例でそれが分かっていたので、挑戦したいと考えました。

1年目:最初の顧客は「すでに接点がある企業」から
最初の顧客は、ゼロから開拓したわけではありません。狙ったのは次の2つです。
- 知り合いの会社と、知り合いから紹介してもらった会社
- 受託で見送りになっていた企業:受託の提案で課題は分かっていたが、費用が合わず見送りになった企業をリストから見つけ、「安くできるようになりました」と再提案

1年目の失敗:一人で全部抱え、解約を出してしまった
立ち上げ期は、事業づくり・営業・カスタマーサクセスを全部自分でやる必要がありました。結果としてキャパシティを超えてしまい、解約が発生してしまったのが一番厳しかった経験です。
解約を「資産」として、理由を自責で掘り下げた
解約は、とても大きな資産だと考えていました。
営業の現場から上がってくる解約理由は、「お客様が忙しくなって使わなくなった」のように、抽象的で、お客様都合のものになりがちです。そこで、自分たちの責任として捉えたら、どんな理由が考えられるかを突き詰めました。
- 機能が足りなかったのではないか
- 使い方が定着する前に、お客様が忙しくなってしまったのではないか
こうした具体的な理由に分解することに、非常に時間をかけました。

解約理由は「用途消滅」と「導入失敗」に分ける
解約理由は、まず2つに大別していました。
| 大分類 | 中身 | 自分たちで止められるか |
|---|---|---|
| 用途消滅 | システム統合、事業終了 | 難しい |
| 導入失敗 | 運用に乗らない、現場に定着しない、設定しきれない、担当者の異動 | 自責として改善する |
用途消滅を止めるのは難易度が高いため、力を入れるのは導入失敗のほうです。もっとも多かったのは、現場に定着できなかったという理由でした。
掘り下げる問いは「なぜ、お客様は忙しくなったのか?」
「お客様が忙しくなった」で止めず、なぜ忙しくなったのかまで掘り下げます。お客様の立場や社内の事情まで理解したうえでヒアリングし、解約理由や、立ち上げが滞留した理由を取りに行きます。
私は、すべての解約案件に自分で訪問するか、打ち合わせを実施していました。
見つかった原因と、打った手
掘り下げた結果、見つかった原因は、お客様側で設定の人手を確保しきれず、なかなか運用に乗らなかったことでした。これに対して、次の手を打ちました。
- キックオフに、お客様の上司にも同席してもらう
- こまめに打ち合わせを入れる
- 打ち合わせの前日連絡を徹底する
- お客様への説明用のトーク集を作る
その結果、お客様の打ち合わせへの参加率が上がり、オンボーディング期間も短くなりました。また、日々のPDCAを回していくことで、立ち上げ期には大量に出ていた解約も改善し、最終的には、年解約率3%以下まで下がりました。
会議ごとに目的を決め、PDCAを回した

それぞれの会議で何を話すのかを明確にしたうえで、PDCAを回して改善を続けました。
この経験が、カスタマーサクセスの「型」になった
最初は、サポートにコストがかかり、一人のカスタマーサクセスが同時にオンボーディングできるのは3社が限界でした。
一番時間がかかっていたのは、お客様にマスタデータを準備してもらう工程です。ここで止まると、長いものでは立ち上げに半年ほどかかり、途中でお客様と連絡がつかなくなって、そのまま解約になることもありました。
そこで、オンボーディングを型にしました。中身は次の3つです。
① 約60のステップに分け、それぞれの完了を定義する
オンボーディングを約60のステップに分解し、ステップごとに「何ができたら完了か」を定義しました。
② キックオフで「日付」と「人」を先に決める
| No | キックオフで確認すること |
|---|---|
| 1 | 運用開始日 |
| 2 | 設定の着手日 |
| 3 | プロジェクトメンバー |
| 4 | 導入の流れ |
| 5 | 全体スケジュールの再確認 |
キックオフには、お客様の担当者だけでなく上司にも同席してもらいました。
③ 毎週の宿題と、こまめな打ち合わせ
お客様には毎週「宿題」を出し、打ち合わせの前日には必ず連絡しました。担当者によって説明がぶれないよう、説明用のトーク集も用意しました。
その結果、一人あたり8社程度まで同時に対応できるようになりました。

型を作って変わったのは、対応社数だけではありません。
| 項目 | 型を作る前 | 型を作った後 |
|---|---|---|
| オンボーディング期間 | 長いもので半年程度 | 最短2か月程度 |
| お客様と連絡がつかない | 起きていた | 減った |
| 打ち合わせへの参加率 | ― | 上がった |
| お客様からの問い合わせ | ― | 減った |
| 解約 | 立ち上げ期は大量に出ていた | 年解約率3%以下 |
型を作っても、失敗は連続します。それでも型があると、どのステップで止まったかが分かるため失敗の要因をつかみやすく、成功事例も失敗事例も型に反映してチームに展開できます。型は一度作って終わりではなく、失敗するたびに更新していくものです。
この経験が、現在TimeSkipで提供しているCRP(カスタマーサクセスの型づくり支援)の原点になっています。
転機:「使ってもらえる型」が見えてから、広告に投資した
伸び始めた転機は、カスタマーサクセスの型が見えてきたタイミングです。
「こうやって進めれば、お客様に使ってもらえて、喜んでもらえる」と分かってきたことで、広告に投資してリードを獲得しても、採算が合いそうだという見通しが立ちました。
そこで、次の体制を整えました。
- マーケティングの専任担当者を配置
- 広告の運用代行会社に依頼
- 専任担当者は当初マーケティングの知識がなかったため、BtoBマーケティングのコンサルタントをつけて育成
広告に踏み切った判断基準
「採算が合う」と判断するために見ていたのは、次の3つです。
- LTV(1社から得られる粗利)
- CAC(1社を獲得するコスト)
- チャネルごとの有効リードCPA(商談の対象になるリード1件あたりの獲得コスト)
1社獲得にいくらまでかけてよいかは、LTVとCACのバランス(ユニットエコノミクス)から逆算しました。一般的な計算式は次のとおりです。
- LTV = 月額単価 × 粗利率 ÷ 月次解約率
- CAC =(広告費 + 営業・マーケの人件費)÷ 新規獲得社数
- 投資回収期間 = CAC ÷(月額単価 × 粗利率)
SaaSでは、「LTVがCACの3倍以上」「回収期間は12か月以内」がよく使われる目安です。たとえば月額3万円・粗利率80%・月次解約率1%なら、LTVは240万円。1社獲得にかけてよいのは80万円まで、という計算になります(数字は説明用の仮のものです)。
この計算で分かるとおり、解約率が高いままでは LTV が小さく、広告の採算は合いません。私たちが広告に踏み切れたのは、解約を減らす型ができていたからです。
最初の予算と、止める基準
- 最初はリスティング広告を月30万円程度から始め、反響はすぐに出ました
- チャネルごとの有効リードCPAを見て、CPAが悪化したら止めるという基準を持っていました
広告予算の稟議でそろえるもの
広告予算の稟議では、一般的に「いくら使って何が返ってくるか」と「うまくいかなかったらどうするか」を示すことが求められます。
| 項目 | 書くこと |
|---|---|
| 目的 | 何のための広告か(例:新規リードの獲得) |
| 予算と期間 | 月あたりの費用、実施期間 |
| 見込み | 獲得リード数、有効リードCPA、商談数、受注件数 |
| 根拠 | LTV・CACと、1社あたりいくらまでかけてよいかの計算 |
| 止める・増やす基準 | 例:CPAが◯円を超えたら停止、◯円以下が続けば増額 |
| 報告の仕方 | いつ、何の数字を報告するか |
止める基準を先に決めておくと、承認する側にとって損失の上限が見えるため、小さく始める判断がしやすくなります。
約500社まで:広告以外に効いた2つの施策
会計システムとの連携パートナーを増やした
クラウドサービスでは、「お使いの会計システムとすぐにつながります」と言えることが非常に重要でした。そのため、プロダクトの連携パートナーを増やすことに力を入れました。
インサイドセールスを置き、アポ取得とクロージングを分けた
アポイントを取る担当と、クロージングする担当を分ける分業体制にしたことで、営業の効率が上がりました。
2020年、事業はM&Aへ
事業部長・取締役として約5年。2020年に事業はM&Aにより他社グループに加わり、その後、私は株式会社TimeSkipを設立しました。
もう一度やるなら、変えたい2つのこと
マーケティングに早く投資する
マーケティングにもう少し早く力を入れるべきでした。
PMFが一定確認できたらという前提にはなりますが、もう一度できるならより早い段階で、リスティング広告、Facebook広告、ウェビナーといったチャネルと、ナーチャリングの施策を、もっと早く、一件一件精緻に検証し、高速で回せる体制を整備すると思います。
最初から、もっとビジョンを語る
立ち上げの最初は、どうしても強い営業が必要になります。今振り返ると、もっとビジョンを語り、パートナーや紹介を促進していれば、最初の10〜50社をもっと早く獲得できたと思います。
新規事業を立ち上げる責任者の方へ
当時、マーケティングの専任担当者に外部のBtoBマーケティングコンサルタントをつけたように、新規事業の立ち上げでは、経験者の知見を借りることで遠回りを減らせます。
TimeSkipでは、SaaS事業を立ち上げてグロースさせた経験をもとに、新規事業の責任者の方を伴走支援しています。
- 新規事業をどこから手をつければいいか分からない
- 経営会議に出す数字や判断材料に悩んでいる
- 社内に相談できる相手がいない
ひとつでも当てはまる方は、無料相談フォームからお気軽にご相談ください。新規事業の立ち上げ経験者が、30分の壁打ちでお話を伺います。