SaaSなどのサブスクリプションモデルでは、LTV(顧客生涯価値)とCAC(顧客獲得コスト)を用いて「ユニットエコノミクス」を計算し、事業における収益性の確認が重要です。ユニットエコノミクスで算出されたデータは、顧客が生み出す利益と顧客獲得のコストを比較できます。コストの比較により、「採算がとれているか」、「成長性があるか」など経営指標を判断できるでしょう。
この記事では、LTVやCACの計算方法を理解した上で、目安となるユニットエコノミクス数値とその理由について分かりやすく解説します。SaaS導入を検討している企業の経営層は、ぜひ自社の経営判断や改善にお役立てください。
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LTVとは
LTVとは、「顧客生涯価値」のことです。Life Time Value(ライフ タイム バリュー)の頭文字を取って、LTVと呼ばれています。1人の顧客が、特定の企業と取引を始めてから終了するまでにどれだけの利益をもたらすのかを算出したものです。LTVでは、1人の顧客による利益だけではなく、その顧客が利用した期間も経営指標として重要な役割を持ちます。
ビジネスモデルにより、LTVの計算方法はいくつかありますが、基本的な考え方は、1カ月間の平均単価×粗利(1顧客あたりの粗利)×平均継続月数であらわします。
例えば、月額2,000円のサービスの粗利が1,500円だったとして、平均的な継続期間が1年間(12カ月)だった場合のLTVは18,000円です。
サブスク型のLTVの計算方法
SaaSビジネスでは、継続利用によって利益が創出されるサブスクリプションが主流になっています。このように、継続利用がベースのビジネスモデルでは平均継続月数をどのように考えれば良いのでしょうか。継続利用がベースとなるビジネスモデルの場合は、解約率(チャーンレート)が用いられます。計算式は、次のとおりです。
平均単価×粗利(1顧客当たりの粗利)÷解約率
解約率は、顧客数ベースのカスタマーチャーンレートと収益ベースのレベニューチャーンレートの2種類があります。
カスタマーチャーンレート | 1カ月や1年間など、契約期間を指定して解約に至った顧客数の割合を算出する |
レベニューチャーンレート | 企業の扱うサービスに複数のプランやバージョンなどがある場合、プランごとの価格帯別解約率を算出する収益ベースの増減を把握できる |
2つのチャーンレートでは、一般的にカスタマーチャーンレートが利用されています。1カ月に解約した顧客の割合を算出するカスタマーチャーンレートの計算式は、次のとおりです。
カスタマーチャーンレート=当月の解約顧客数÷前月末時点の契約顧客数×100
チャーンレートについては、「SaaS業界におけるチャーンレート(解約率)の平均と目安とは?計算方法や改善策も解説」もあわせて参考にしてください。
また、LTVの計算式に使われる1顧客当たりの月次粗利は、SaaSにおいて1顧客当たりの平均的な売上をあらわすARPA(Average Revenue per Account)と呼ばれることもあります。
平均継続期間の計算方法
サブスクリプション型のLTVの計算方法では、顧客全体の平均継続期間を算出できます。平均継続期間の計算式は、次のとおりです。
平均継続月数=1/解約率
LTVの計算の場合、解約率で割るということは、1/解約率を掛けていることにあたります。この1/解約率が平均継続月数です。平均継続期間は、LTVの計算で把握できない場合の手段として解約率が使われます。
なぜ平均継続期間が解約率の逆数で得られるのか?がピンと来ない方は、「ユーザの平均継続期間が「1/解約率」で求められることの数学的証明」を参照ください(外部サイトに移動します)。
CACとは
CACとは、「顧客獲得コスト」のことです。Customer Acquisition Cost(カスタマーアクイジションコスト)の頭文字をとって、CACと呼ばれています。新規顧客を1人獲得するためにかかった総コストのことで、広告費や営業の人件費などの総称です。CACは、3種類に分けられます。
- Paid CAC:広告宣伝など有料のチャネルを使った顧客獲得コスト
- Organic CAC:自然獲得できた顧客の獲得コスト
- Blended CAC:有料のチャネルによる顧客獲得と自然獲得による顧客獲得どちらも合わせたCAC
Paid CACは、ウェブ広告やリード育成を目的としたセミナー、オンライン展示会の開催など企業が仕掛ける施策による費用が該当します。自然獲得によるOrganic CACは、有料広告ではなく自然検索からの流入ユーザーや、顧客の口コミ紹介による経路です。Organic CAC は、Paid CACと対照的な獲得コストとも言えるでしょう。一般的にCACと言う場合は、どちらの要素も持っているBlended CACをあらわします。
CACと似た指標でCPAがあります。CPA(Cost Per Action)は、顧客獲得単価のことです。CPAとCACの違いは、対象となる範囲にあります。CPAが主に広告のコストとそれによるコンバージョンのみを対象としている一方、CACは広告コストに加え、営業人件費、代理店販売手数料、間接費用等を含む顧客の獲得にかかった総コストを対象としています。。
CACの計算方法
顧客1社を獲得するためにかかったコストを算出するCACは、以下の式で算出されます。
CAC(顧客獲得単価)=(販売促進・広告費用+営業給与+代理店手数料+賞与+間接費)÷新規顧客獲得数
CACの算出は、期間の設定したうえで行います。例えば、1年(12カ月)単位や3カ月ごとの四半期単位、1カ月単位などです。設定した期間の中で、顧客獲得にかかったコストを新規顧客獲得数で割り出します。例をいくつか挙げてみましょう。
12カ月を期間として設定した場合は、年間の顧客獲得にかけたコストが900万円だとします。12カ月で新規獲得した顧客数が1,000アカウントであればCACが9,000円です。期間を1カ月とした場合、月ごとにかけたコストや新規獲得顧客数が変わってくることも考えられます。その場合は、月ごとで判断するとCACも変動します。
CAC回収期間の目安は6カ月から12カ月
CACは、1カ月や3カ月などで判断すると、コスト割れすることも珍しくありません。投資したCACが回収できているかどうかを確認するためには、指標となるCAC回収期間があります。CAC回収期間は、顧客の獲得に費やされた金額を会社が回収するまでにかかる月数です。
CAC回収期間を目安にすると、1顧客を獲得するのにかかったコストを1カ月あたりの1顧客の粗利で割ることで何カ月で回収できるかが分かります。計算式は、次のとおりです。
CAC回収期間(月数)=1顧客獲得コストの総額(CAC) ÷(1顧客の平均売上金額×粗利率)
CAC回収期間が短いほど、早期にコスト回収ができている状態と判断できます。このCAC回収期間のことをCAC Payback Period(顧客獲得コストを回収できて利益発生に変わる期間)と呼びます。SaaSビジネスでのCAC Payback Periodの目安は、6カ月から12カ月が一般的です。もし、CAC回収期間を四半期(3カ月)で設定した場合は、早期的な判断になりかねません。
CAC回収期間を6カ月から12カ月に設定することで、コスト回収から利益発生への推移を測定するメトリクス化ができます。また、12カ月までの期間設定からCAC Payback Periodの時期を早める施策も打ち出せるでしょう。例えば、次のような改善策です。
- そもそものコストを見直す
- サポートを強化して解約率を減らす
- アップセルやクロスセルで顧客単価を上げる
SaaSの重要指標ユニットエコノミクスとは
ユニットエコノミクスとは、顧客1人をユニット(単位)として、エコノミクス(経済分析)する考え方です。ユニットエコノミクスは、LTVとCACを元に計算します。SaaSビジネスの場合は、ユニットエコノミクスが1顧客ごとの採算性を把握できる重要な指標となるでしょう。
企業の経営指標としては、投下したコストに対して利益が獲得できているかを判断できます。「いま以上にコストを投下してでも顧客数を増やすべきなのか」や、「それとも収益の改善が必要なのか」といった経営判断に役立ちます。
SaaSビジネスの場合は、顧客の継続利用が利益を生み出すサブスクリプション型です。サブスクリプション型は、新規顧客と契約した段階ではコストの方が上回っていますが、6カ月から12カ月と継続して利用してもらうことで投下したコストが回収できて利益創出へと切り替わる仕組みです。
ユニットエコノミクスが適正な数値であることは、顧客獲得にかけるコストと顧客獲得後の収益バランスが取れていると判断できます。そのため、ユニットエコノミクスはCACと回収期間を合わせて把握しておくべき重要な指標と考えられるでしょう。
ユニットエコノミクスの計算方法
ユニットエコノミクスを算出する際は、次の計算式を使います。
ユニットエコノミクス=LTV/CAC
ユニットエコノミクスの計算例を紹介しましょう。
- 平均単価:1,800円
- チャーンレート:3%
- CAC:15,000円
LTV(1,800円/3%)/CAC(15,000円)=4(ユニットエコノミクス)
上記の例では、単価1,800円のサービスに1人あたりの獲得コストを15,000円もかけているとも判断できます。しかし、ユニットエコノミクスの見解では、CACに対して4倍の収益を生み出しています。この例からも、LTVやCACだけではなくユニットエコノミクスも合わせた経済分析が重要になるでしょう。
ユニットエコノミクスは3以上が健全とされる理由
ユニットエコノミクスは、前述した式を参考にして1以上であれば利益がでていると判断できます。逆に1以下であればかけた顧客獲得コストよりも収益が上がっていないため、売れば売るほど赤字になってしまいます。
ただし、SaaSビジネスではCAC以外にもプロダクト開発や経営管理などのコストが必要です。単純にLTVがCACを上回っていれば良いというだけではありません。一般的にユニットエコノミクスは3以上が適正と言われています。その理由は以下の考え方から判断できるでしょう。
CAC回収期間は、12カ月までが一般的な目安です。SaaSビジネスにおける解約率の目安は、3%以内が理想とされています。その理由は、ユニットエコノミクスが3以上で健全であることと繋がります。CAC回収期間のポイントとなるCAC Payback Periodと平均継続期間の計算式を参考として説明しましょう。
CAC Payback Period=CAC/顧客平均単価
上記の計算式は、次のように置き換えられます。
顧客平均単価×CAC Payback Period=CAC
上記の計算式とLTVの計算式(顧客平均単価/チャーンレート=LTV)をユニットエコノミクスの計算式に代入します。
ユニットエコノミクスの計算式=LTV/CAC=(顧客平均単価/チャーンレート)×1/(顧客平均単価×CAC Payback Period)=1/チャーンレート×CAC Payback Period
CACとCAC Payback Periodの計算式を置き換えてユニットエコノミクスに代入すると、上記のような等分で並べられます。さらに、平均継続期間の計算式(1/チャーンレート)を先ほど導き出された計算式「1/チャーンレート×CAC Payback Period」と合わせると次のとおりです。
ユニットエコノミクス=平均継続期間/ CAC Payback Period
CAC Payback Period(顧客獲得コストを回収できて利益発生に変わる期間)は、一般的に12カ月を目安にした場合、次のように代入します。
ユニットエコノミクス=平均継続時間/12カ月
ユニットエコノミクスは3以上が健全とされていることから、ユニットエコノミクスを3と設定します。
3 =平均継続時間/12カ月
ユニットエコノミクスを3に設定することで、平均継続時間は36と算出されます。分母を揃えると次のように算出されます。
3=36カ月/12カ月
上記の数値を平均継続時間の計算式に代入すると、「平均継続時間:36カ月=1/チャーンレート」です。この計算式をチャーンレート算出方法となる「チャーンレート=1/36カ月」に置き換えます。結果は、次のとおりです。
1/36カ月=チャーンレート:2.78%(四捨五入)
ユニットエコノミクスが3以上であることとチャーンレート3%以下(2.78%)という点が、計算式の置き換えにより繋がります。
ユニットエコノミクスを上げるには
ユニットエコノミクスを上げるには、LTVを高めることが重要です。新規顧客の獲得にかかるコストは、既存顧客維持の5倍もかかると言われており、LTVを上げることはかなり有効な手段と考えられます。具体的な取り組みとしては、次の施策が挙げられます。
- チャーンレートを下げる(利用期間を延ばす)
- 単価を上げる(アップセル・クロスセル)
- 粗利率を上げる(サーバーコスト・CSコストを下げる)
また、ユニットエコノミクスはCACを下げることでも改善できます。CACの改善は、顧客獲得にかかるコスト自体を見直すことが大切です。しかし、BtoBでは一定以上必ずかかることを念頭におくとよいでしょう。
利用期間を延ばして解約率(チャーンレート)を下げる
チャーンレートを下げるには、解約の原因を探る必要があります。解約の原因は、顧客満足度の調査やユーザーインタビューなどで顧客のニーズを把握しましょう。他には、次の対策も有効です。
- 適切な顧客設定かどうかを見直す
- カスタマーサクセスを強化する
チャーンレートを下げる対策について、詳しくは「SaaS業界におけるチャーンレート(解約率)の平均と目安とは?計算方法や改善策も解説」をご覧ください。
1顧客あたりの平均単価を上げる
1顧客あたりの平均単価を上げる方法では、単純に商品やサービスの値上げが考えられます。ただし、ニーズに対して納得感のない値上げは顧客離れを起こすでしょう。顧客との関係性が強く、競合との差別化ができている場合は、値上げを実行しても顧客離れまで至らないかもしれません。それでも、値上げを実行する場合は慎重に検討する必要があります。
単価を上げる以外には、次の方法が考えられるでしょう。
- 上位のプランへグレードアップグレードしてもらうアップセル
- 関連する商品やサービスを追加で購入してもらうクロスセル
いずれの方法も、顧客とのコミュニケーションを取りながら、適度な距離感を持って、適切なタイミングで提案を行うように注意しましょう。
CACを下げる
ユニットエコノミクスを上げるためのCACを下げる方法では、CACの種類ごとに取り組む必要があります。CACは、3つに分類できます。
- Organic CAC:既存顧客の紹介など自然な流れで増加した顧客の獲得単価
- Paid CAC:ウェブ広告など有料チャネル活用で集客した顧客獲得単価
- Blended CAC:Organic CACとPaid CACを合わせた顧客獲得単価
CACを下げる方法の1つは、Organic CACの配分を上げ、Paid CACを下げる考え方です。既存顧客の紹介や口コミ、自然検索からの流入を増やす取組をします。
また、Paid CACを使う場合は、CVRを上げることをKPIに設定して、効果測定をする必要があります。Organic CACは、検索エンジンやSNSなどからの自然流入によるものです。そのため、かけたコストに対しての成果を見極めにくい特徴があります。
一方のPaid CACであれば、ウェブ広告などかけたコストに対してCVRで判断できるでしょう。CVR改善に向けては、広告文や誘導先のランディングページの導線などを見直す必要もあります。
これらCACを下げる取り組みでは、業務効率化を意識することが大切です。顧客獲得にかける自社リソースもコストとして考えましょう。営業支援や顧客関係管理などを自動化できるSFAやCRMの導入も検討してみてはいかがでしょうか。自動化できる部分をツールに任せて、業務効率向上を意識したリソースの活用が求められます。
まとめ
LTVやCAC、ユニットエコノミクスはいずれもSaaS事業にとって最重要指標です。売上だけでは判断できない解約率も含めた指標としては、LTV、CACを適切に計算する必要があります。
CAC回収期間は、6カ月〜12カ月。ユニットエコノミクスは3以上を目安に、採算性を高めて事業が健全に成長できているかを確認しましょう。
ただし、スタートアップ期などの事業のフェーズによっては一時的に数値が悪化する場合もあります。投資判断を行う際は単に数値だけを見るのではなく、自社の状況に合わせて中長期的な視点で判断することも必要です。
健全であることが確認できたらBtoBの場合は、CACは一定以上は下がらないこと、また、高くなり続けることもない(収穫逓減する)ことを意識し、事業部全体でLTVの最大化を目指しましょう。
そうすることで、許容できるCACが最大化され事業の成長を加速させることになります。
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