SaaS事業を継続的に発展させるには、適正なコスト構造の理解が不可欠です。
しかし、適正なコスト構造は事業の規模やフェーズなどによって異なるので、多くのSaaS事業の推進者の頭を悩ませています。
ここでは、SaaSビジネスのコスト構造と、売上原価率・販管費率の定義や改善方法について解説します。
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SaaSにおけるコスト構造は?
コスト構造を適正に保ち、コストと収益の適切なバランスを見つけることが、SaaS事業の命運を分けます。
まず、SaaS事業の最適化に必要なコスト構造の内訳を解説しましょう。
企業活動にかかる費用は主に「売上原価」と「販管費」で構成
SaaSは、主にインターネット上で提供されるソフトウェアの定額・継続サービスです。したがって、SaaSビジネスモデルの企業活動にかかるコスト構造は、従来のビジネスとは異なります。
SaaSの事業活動で発生する費用は、主に「売上原価」と「販管費」で構成されます。
売上原価とは、商品・サービスを生み出すために直接かかった費用です。
販管費とは、販売費及び一般管理費の略語です。販売活動など、売上を上げるために間接的にかかった費用を指します。
SaaS事業の最適なコスト構造を考える前提として、売上原価と販管費の理解が必要です。
SaaSの売上原価・販管費には何が含まれるか?
SaaS事業の最適なコスト構造は、売上原価と販管費の理解が前提となります。
では具体的に、売上原価と販管費はどのようなものなのか、解説していきましょう。
売上原価は主にサーバー費用とカスタマーサクセス人件費
SaaSの売上原価に含まれるのは、主にサーバー費用とカスタマーサクセスの人件費です。
サーバーには自社開発(オンプレミス)、もしくはAWSなどのクラウドサーバーが利用されます。
オンプレミスはサーバーを1から構築するため、初期費用が大きくかかるのが欠点ですが、カスタマイズが可能であるため柔軟性が高いという利点があります。
AWSなどのクラウドサーバーは、初期費用がほとんどかからず、利用状況に応じた従量課金で利用できることが利点です。しかし、カスタマイズという面では制約があります。
総じて、カスタマイズ面ではオンプレミスに軍配があがりますが、費用面ではクラウドサーバーの方が安くなります。
なお、カスタマーサクセスの人件費も、売上原価に含まれます。一方で、営業・マーケティングは、売上原価ではなく販管費になる点に注意しましょう。
これは、前述の売上原価の定義「商品・サービスを生み出すために直接かかった費用」に照らすと理解しやすいでしょう。
カスタマーサクセスは、顧客の成功のために提案・サポートする組織です。そのためサービスの提供に直接かかる費用と捉え、売上原価に含めるのです。
SaaSの販管費は3つに分類
販管費について解説しましょう。販管費は、「販売費及び一般管理費」の略称です。
日本国内では、販管費を「販売管理費」(企業の営業活動に支出した費用のうち販売に関して発生した費用)と、「一般管理費」(企業の一般業務に関わる必要な全ての費用)に2つに分けて考えます。
しかし欧米のSaaS企業においては、販管費を「S&M」、「R&D」、「G&A」の3つに分類して管理しているケースが多くなっています。
SaaS事業としては欧米の3つに分ける考え方がわかりやすいので、ここではそれぞれの定義を説明します。
・S&M
S&M(セールス&マーケティング)は、営業・マーケティング担当者の人件費や広告宣伝費などのことです。
セールスとマーケティングはSaaSのビジネスプランに不可欠な要素です。SaaS企業はこの部門への投資効果を理解するために、S&Mを細かくチェックするのが一般的です。
また投資家は、各社のS&Mを比較することで、優良なSaaS事業者を発見できます。
なおS&Mは、一般的にマーケティング、インサイドセールス、フィールドセールスという一連の営業組織にかかる費用から成り立ちます。
・マーケティング
広告・宣伝などで、リードを効率的に多く獲得する段階です。
・インサイドセールス
集められたリードに対して、電話、メール、SNSなどを駆使して情報提供やコミュニケーションを実施し、購買意欲を高めます。
・フィールドセールス
インサイドセールスで集められた高確度のリードに対して、商談を実施し、受注に繋げます。
・R&D
R&D(リサーチ&デベロップメント)は、研究開発などに関する費用のことです。R&Dは、情報収集、情報分析、ソフトウェア開発など、さまざまな分野で問題を解決します。R&Dは、革新的なサービスを生み出すために必要な費用です。
・G&A
G&A(ジェネラル&アドミニストレイティブ)は、日々のオペレーションに関わる費用や特定の機能・部署に直接的に関わらない費用などのことです。通常、総務などのバックオフィス人件費、オフィススペース、設備、光熱費、企業の保険費用、従業員の給与などに関する費用が含まれます。
この指標の割合が高ければ、経営者はこれらの費用の削減を検討、実施できます。
原価率・販管費率の計算方法・目安
原価率と販管費率の概要がわかりましたので、それぞれの計算方法を解説しましょう。
SaaS事業者として目指すべき目安も解説しているので、最適なコスト構造に悩んでいる事業者は参考にしてください。
原価率・販管費率の計算方法
原価率は、「売上原価(サーバー費用+カスタマーサクセスの人件費など)/ 売上高」で計算されます。
そして売上高販管費率は、「販管費(S&M費用+R&D費用+G&A費用)/ 売上高」で計算されます。
さらに「売上原価率+売上高販管費率」を計算すると、SaaSビジネスの企業活動全体の、売上に対する費用の割合が明らかになるのです。
成長しているSaaS企業の中には、この売上原価率+売上高販管費率が100%を超える企業(売上高よりも費用が大きいケース)も存在します。
企業のフェーズや規模、資本力などにより、適切な原価率としてどの程度を目指すべきかを考える必要があります。
原価率の平均(目安)は30%程度
原価率は、売上高に占める原価の割合です。「原価 ÷ 売上高」で計算されます。
この割合が低ければ低いほど良く、企業は効率良く売上を上げているといえます。
原価率の目安は企業によって異なりますが、およそ30%程度です。SaaS事業者においては、売上原価よりも、販管費がより大きい傾向があります。
販管費率の平均(目安)は60%程度
販管費率は、売上高に占める販売管理費及び一般管理費の割合です。「販管費 ÷ 売上高」で計算されます。
事業フェーズ、競争環境、戦略などに依存するものの、売上高販管費率の目安は60%程度です。
40%ルールを目安とする
主に海外でSaaS企業を評価する際に基準となる数値として、「40%ルール」があります。
40%ルールは、「売上成長率(%)+ 営業利益率(%)≧ 40(%)」で計算されます。
売上成長率(%)の計算式は、「(当期の売上高-前期の売上高)/ 前期の売上高」です。これは、売上高の伸び率を数値化したものです。
営業利益率は売上高に対する営業利益の割合を数値化したもので、「(営業利益 / 売上高)× 100」で計算されます。
営業利益は、売上高から原価やプロダクトを販売するまでにかかったコスト(売上原価+販管費)を差し引いた数値となります。
例えば、SaaS業界をはじめとしたスタートアップなどは売上成長率が高く(前年比+50%など)、マーケティングや製品開発に大きな投資をしていることが多いです。そのため営業利益がマイナス(-10%など)になる場合もありますが、この場合、40%ルールに当てはめると、売上成長率(+50%)+営業利益率(-10%)=40%なので問題がないと判断できます。
一方、成熟業界で売上成長率が低い場合(前年比+10%など)は、40%ルールに当てはめると、適切なコスト構造を意識して営業利益率を30%以上に保つ必要があります。
自社の業界や状況に合ったコスト構造や営業利益率を目指しましょう。
原価率・販管費率の改善方法
SaaS事業のコスト構造の最適化は、目標とする状態を一度決めれば終わりではありません。
事業のフェーズや規模によって、サーバー費用やカスタマーサクセス人件費などの見直し、改善が必要になります。
またS&M費用も、SaaS事業の効率化を目指すための見直しが不可欠です。
ここでは、原価率や販管費率の改善方法を解説します。
サーバー費用の削減
サーバー費用は、SaaS事業の規模によって柔軟に見直したり、改善が必要になります。
オンプレミスサーバーとクラウドサーバーで比較し、必要に応じて切替を検討しましょう。
基本的に、AWSなどのクラウドサーバーの方がコストは低い傾向にあります。SaaS事業者にとって、事業立ち上げ時はクラウドサーバーの方が費用面で有利です。
しかし利用量に応じて課金されるため、トランザクション量やデータ量が増えると、クラウドサーバーの費用が大きくなることもあります。
このような場合は、オンプレミスサーバーへの切り替えも1つの解決策となりえます。
例えば、ラクス社は、オンプレミスサーバーで運用する事で事業を成長させながらも原価率を低く保っています。ラクス社の決算資料によると、2018年3月期の35.7%から、2022年3月期の32.0%への低減に成功しています。売上高の成長だけでなく、原価率も改善し続けています。
(引用:ラクス社 2022年3月期決算説明資料)
AWSなどのクラウドサーバーで無駄な契約が発生していないかの確認も有効です。
クラウドサーバーを長く利用していると、過去に利用した機能やオプションなどがそのまま残り、課金されているケースがあります。保守内容や設定を確認し、無駄な契約・オプションを外すことも、サーバー費用の削減に役立ちます。
オンプレミスかクラウドサーバーか、どちらが安くなるかはケースバイケースです。自社の状況に応じた判断が必要です。
カスタマーサクセス人件費の削減(業務効率化)
カスタマーサクセスで無駄な業務が発生していないか、業務を見直すことも有効です。
カスタマーサクセスのオンボーディング時間を削減することで、サポートコストを削減できます。
例えば、顧客の分類・優先度付けが不十分で、優先度の低い顧客に時間をかけすぎていないかを見直しましょう。
オンボーディングの各ステップを可視化、標準化しどこで時間がかかっているかを把握することも改善には有効です。オンボーディング期間の短縮化はLTVの改善に直結します。
カスタマーサクセスのコスト削減については、「カスタマーサクセスで直面する課題と解決策は?LTVやヘルススコアの考え方も含めて解説」を参照してください。
顧客増に伴って、原価低減における課題は移り変わっていきます。例えば、SaaS事業の拡大期ではオンボーディング業務のマニュアル化やカスタマーサクセス担当に対する教育による標準化が重要です。
成熟期では、チャットボットなどの「テックタッチ」といわれるデジタルを駆使したサポートで、1対複数の効率的なサポートを可能にしましょう。FAQなどの顧客が自己解決できる仕組みを整えることで、サポートコストを削減するなどの対応が重要です。
詳しくは、オンボーディング業務の標準化・体系化による、業務の属人性を排除した事例を参照してください。カスタマーサクセス組織を最速で体系化「この人じゃなきゃできない」を徹底的に排除」
上記を踏まえて、適切なKPIを設定して人件費を改善していきましょう。事業の拡大フェーズごとの課題を知りたい方はこちらを参考にしてみください。
関連記事:CS立ち上げ経験者に聞く、カスタマーサクセス組織構築のポイント
セールス&マーケティング(S&M)費用の効率化
SaaSコストの大部分を占めることが多いのがS&M費用です。
S&M費用をかければかけるほどSaaS事業は成長すると思われがちです。しかし実際には、意外にそうなっていないのです。
S&M 比率と前年比売上成長率(直近四半期)を分析してみると、S&M に投資したからといって、自動的に売上成長率も増加するとはいえないというデータもあります。
まずは、自社のS&M投資がうまくいっているかを把握しましょう。
S&M費用の分析には、ユニットエコノミクスという指標を用いると良いでしょう。ユニットエコノミクスは、ビジネスの最小単位1個あたりの収益性を指す指標です。「LTV(顧客生涯価値)/ CAC(顧客獲得までにかかったトータルコスト)」で計算されます。
「LTV / CAC = 3」を超えていれば健全です。下回っていればセールス、マーケティング活動を見直す必要があります。
LTVとCACの定義や計算方法については、以下記事をご参照ください。
【徹底解説】SaaS企業のLTVとCAC、ユニットエコノミクスの計算方法
S&Mといっても幅広いため、各種KPIを見ながら、どこを改善すべきか見極めましょう。弊社TimeSkipにご相談いただくのもおすすめです。
まとめ
SaaSビジネスを継続的に発展させるためには、適切なコスト構造の理解が重要です。しかし、事業の規模やフェーズによって適切なコスト構造は異なり、それが事業者の頭を悩ませています。
ここで解説した売上原価と販管費の比率、それぞれの定義と改善方法を参考にすれば、事業の規模やフェーズに応じた最適なコスト構造を理解し、改善に繋げていくことができます。
原価率の把握と改善はSaaSビジネスを成功に導くための重要な要素
売上原価やS&M比率、40%ルールなどの基本的な指標を理解し改善していくことは、SaaSビジネスを成功に導くための重要な要素となります。
SaaS事業のコスト構造を正しく理解することで、長期的に利益率を確保しながら、事業を成長させましょう。
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SaaS事業やサブスクリプションビジネスの適正なコスト構造を判断するには、時間と労力がかかります。事業内容やフェーズ、規模などによって、最適なコスト構造を正しく分析し、速やかに決断しなければなりません。
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