SaaS事業では、サービスの売上継続率(NRR)と解約率(チャーンレート)という2つの重要な指標があります。中でも売上継続率は、ダウングレードや解約傾向を事前把握するために必要な指標です。この記事では「売上継続率とは何か」、その計算方法や目安、数値を改善する方法について詳しく解説しています。ぜひSaaS事業を展開する自社の成長にお役立てください。
解約率(チャーンレート)については、「SaaS業界におけるチャーンレート(解約率)の平均と目安とは?計算方法や改善策も解説」をお役立てください。
継続率(NRR)とは
売上継続率(NRR)は、顧客がサービスに支払っている金額の増減などを表します。サブスクリプション形式で支払っている顧客が利用するサービスをアップグレードしたりダウングレードしたりすることで数値が変動する指標です。
NRRとは、Net Revenue Retention、またはNet Retention Rate の頭文字の略称として使われています。NRRは、既存顧客からの収益が「維持できているかどうか」を計測するのに役立つ指標です。SaaSビジネスを行う企業にとっては、顧客の継続利用が売上安定につながるため重要な分析指標となります。
NRR100%超えを維持できていれば、継続的な売上が見込めるでしょう。逆に、NRRが100%を下回っている場合はサービスのダウングレードや、解約する顧客が増えたなどの理由分析と改善策の実施が必要です。
さらに、NRRは当月獲得した売上を将来の予測分析に役立てられます。「来月や来年どの程度の売上になるのか」を当月の売上金額から算出した予測が可能です。
SaaSビジネスにおける継続率の重要性
SaaSビジネスにおいて継続率を重要とする理由は、SaaSがサブスクリプションモデルを採用しているからです。SaaSのようなサブスクリプションモデルでは、新規の契約時点では新規顧客の獲得コストを回収できない特徴を持っています。
サブスクリプションモデルは、継続利用することで獲得コストを回収ができる仕組みです。また既存顧客による利用継続は、新規顧客獲得よりも低コストかつ効率的に収益を上げられる特徴があります。
マーケティングの世界では、新規顧客獲得に必要なコストは既存顧客維持にかかるコストの5倍に相当するという「1対5の法則」が知られています。既存顧客を維持するほうが、新規顧客獲得に注力するよりも低コストで収益につながる可能性が高いという考え方です。
すでにサービスの良さを知っている既存顧客へのサービス強化は、新規顧客の契約数を上げるよりも効率的に収益を上げられます。アップグレードやさらなるクロスセルも期待できるでしょう。そのような理由から、SaaSビジネスにおいては売上継続率(NRR)が重要指標と考えられます。
継続率(NRR)の計算方法
売上継続率(NRR)の計算式は、次の通りです。
NRR(%) = ( 月初のMRR + Expansion MRR – Downgrade MRR – Churn MRR ) ÷ 月初のMRR × 100
MRRとは
前項で紹介した計算式には、MRRという指標が使われています。MRRとはMonthly Recurring Revenueの略称です。日本語では「月次経常収益」と訳されます。
MRRは、毎月決まって発生する売上を表し、以下の金額は含みません。
- 初期費用
- 追加導入費用
- コンサルティング費用
- 単発の売上
あくまでも、MRRは継続的に毎月発生する収益と損失額が対象です。MRRとして使われるおもな指標は、以下の4種類に分けられます。
提供するサービスが年間契約の場合は、年間料金を「12」で割ったものを月額料金としてMRRを算出します。
売上継続率(NRR)の計算事例
それでは、MRRをもとにした売上継続率(NRR)の計算式の例を紹介します。例えば、あるSaaS事業の収益が以下の数字だとしましょう。
MRR | 内容 | 金額 |
---|---|---|
月初のMRR | 前月から継続しているユーザーからの収益合計 | 500万円 |
NewMRR | 新規ユーザーの契約による収益 | 60万円 |
Expansion MRR | 継続ユーザーのアップグレードによっる差額収益 | 40万円 |
Downgrade MRR | 継続ユーザーがダウングレードによる損失 | 20万円 |
Churn MRR | ユーザーのサービス解約にる損失 | 10万円 |
これらの数字をNRRの計算式にあてはめると、次の結果になります。
(500+40-20-10)÷500×100=102%
ここで注意すべき点は、計算式にNewMRRを含んでいないことです。
この結果を元に翌月の収益予測をする場合、継続ユーザーからの月末の収益にNewMRRの60万円をプラスするとと570万円になり、仮に翌月の新規契約が0(NewMRR=0)だった場合は、この570万円にNRR102%をかけて581.4万円となります。
売上継続率(NRR)の目安とは
SaaS事業における売上継続率(NRR)のひとつの基準は、100%以上です。売上継続率(NRR)の数値が100%を上回っていれば、サービスの継続、アップグレードが良好であり、安定した経営と判断できるでしょう。成長率が高い企業ほど売上維持率(NRR)も高くなります。
売上継続率の目安は100〜115%と言われていて、アメリカの上場SaaS企業におけるNRRの中央値は117%というデータがあります。以下のデータです。
また、顧客別では、セグメントに関係なく競争力のある企業の売上継続率が 100% から 110% の間にあります。データから、顧客の規模が大きくなるほど数値が上昇することが分かります。
NRRの事例としては、AI技術を活用したサービスを提供するグローバル企業のAppier.Incが2022年3四半期の業積として公開しています。Appier.Incでは、2022年3四半期に売上収益51億円と、前年同四半期より59%増という結果を発表しています。その業績により、直近12ヵ月のNRRが124.9%という高い数字を記録している状況です。
出典:Appier「2022年第3四半期、売上高・利益率が過去最高を更新 ビジネスの成長が更に加速し、通期ガイダンスは3四半期連続で上方修正へ」
売上継続率(NRR)を改善するには
売上継続率(NRR)の改善は、その構成要素から判断できます。構成要素から判断して、2つの改善策が考えられます。
- アップセルを増やす
- ダウングレードや解約を減らす
これらの改善策を実現するためには、以下の方法が効果的です。
- カスタマーサクセスの強化
- プライシングの見直し
- サービス、商品の見直し
カスタマーサクセスの強化
売上継続率(NRR)の改善には、カスタマーサクセスの強化が最も重要視されます。カスタマーサクセスとは、顧客の成功を支援する施策のひとつです。顧客がサービスを利用する中でメリットや成功体験を得て、サービスを信頼しリピーター(継続)になる一連の流れを指します。
カスタマーサクセスは、顧客にとっての成功を定義できます。カスタマーサクセスを強化するには、必要なサポートやコミュニケーション方法を考えることが大切です。
また、カスタマーサクセスは営業部門全体で考える必要があります。カスタマーサクセス部門だけではなく、マーケティング、セールスチームが密に連携をとることが求められます。カスタマーサクセスを強化するには、全社最適の視点で対策を検討しましょう。
カスタマーサクセスの対策、指標については「カスタマーサクセスで直面する課題と解決策は?LTVやヘルススコアの考え方を含めて解説」をご覧ください。
プライシング(価格設定)の見直し
プライシング(価格設定)と売上継続率は、密接に関連しています。価格設定から得られるメリットは、客単価の向上ができるだけではありません。アップセルやクロスセル、ダウンセル、解約の防止にもつながります。あらゆるNRR改善策に影響を与えるため、適切な価格設定が求められるでしょう。
プライシングについては「SaaSのプライシング(価格設定)戦略とは?料金体系や手順について詳しく解説」で詳しく解説していますのでご確認ください。
サービス、商品の見直し
売上継続率の低下の原因は、提供しているサービス内容に関連している場合も考えられます。「ユーザーのニーズに合っているか」や、「ターゲットは適切か」なども確認が必要です。その上で、自社と同じカテゴリーのサービスを扱う競合が提供できない「自社が持つ独自の強み=USP」を明らかにしたうえで、魅力的なマーケティングメッセージ(企業が顧客に提供する独自の価値をシンプルに表したメッセージ)を構築し、ターゲット顧客に伝えることが必要です。USPを見つけるには、ユーザーへのアンケートやインタビューを通じた「顧客理解」と、競合Webサイトや口コミ調査などを通じた「競合理解」が欠かせません。これらの活動をおざなりにしないためにも、あらかじめ「顧客理解」「競合理解」をリードする担当・担当部門を決めておくことも重要でしょう。
まとめ
売上継続率(NRR)は、SaaS事業において解約率と同じく把握しておくべき重要な指標です。NRRを把握していないと、顧客との関係性を判断するのが後手に回ってしまいます。逆にいえば、NRRの安定基準値100%以上を意識することで、解約傾向の察知とカスタマーサクセスの状態を早めに確認できるでしょう。
今回ご紹介したNRRの改善は、解約とダウングレードを減らしてアップセルやクロスセルを増やすことです。そのためには、カスタマーサクセスの強化に向けたユーザーへのインタビューやアンケートなどを活用してみてはいかがでしょうか。
単純に売上継続率といっても、改善策は事業ごとに異なります。実際に施策を立てる場合は、細部に渡る分析をふまえた視点が必要です。売上継続率の改善や各種コンサルティングのご相談はTimeSkip社へお気軽にお問い合わせください。